記念碑等

記念碑等
 校内に設置されている記念碑等を、ご紹介いたします。

 

新制高等学校第一回卒業記念(昭和24年3月)


設置場所:校庭南東隅
新制高等学校第一回卒業記念として建立されたようです。

【表面】
 昭和二十四年三月
 新制高等学校第一回卒業記念

【裏面】
 記載事項なし


 第六回卒業記念


設置場所:万葉植物園南西隅
新制高等学校第六回卒業記念として建立されたようです。

【表面】
 第六回卒業記念

【左側面】
 昭和三十年三月
 館林高等学校


 創立五十周年記念庭園(昭和46年11月13日)


設置場所:正門横東側
創立50周年記念事業として、前庭や中庭が整備された時に建立されました。

【表面】
 創立五十周年
 記念庭園
 昭和四十六年十一月十三日
 同窓会寄贈
【裏面】
 計画
 造園委員会
 施工 斉藤農園


館林高等学校校歌(昭和48年3月)


設置場所:本校舎前庭 掲揚柱横
昭和48年3月の卒業記念として建立されました。

【表面】
 [新校章]館林高等学校校歌
          佐藤春夫作詩
          信時 潔作曲
  名山四方を取りめぐり
  ふるさとの野べうるわしき
  秀麗の地に偉人出づ
  競いて励むわが友よ
  岡には燃ゆるつつじ花
  男の子の意気はここに見る
【裏面】
 昭和四十八年三月
      卒業生
  学校長
   福田郁司謹書


定時制三十周年記念碑(昭和54年7月23日)


設置場所:校舎北西 第一体育館前
定時制課程の30周年記念事業として建立されたものです。

【表面】
 定時制三十周年記念碑
 昭和二十三年、定時制が発足して以来三十年を経過した。ここに定時制卒業生および各方面の厚志を得て、記念事業を行い、定時制の灯をかかげ、式典を挙げてこの記念碑を建立する。
 灯火に学ぶ勤労青年にとり永遠の心のふるさとであることを願うものである。
  昭和五十四年七月二十三日
   群馬県立館林高等学校長 横山 浩
   三十周年記念事業実行委員長 設楽 操

【裏面】
 定時制の沿革
 昭和二十三年十二月一日 普通課程を設置する
 昭和二十六年四月一日 伊奈良分校を設置する
 昭和二十九年四月一日 本校に商業課程を増設する
 昭和三十年四月一日 分校を板倉分校と改称する
 昭和四十三年四月一日 板倉分校独立し県立板倉高校となる
 昭和五十一年三月三十一日 商業課程募集停止となる
 昭和五十三年十一月二十六日 創立三十周年記念式典を挙行する
 昭和五十四年四月一日 普通課程男女募集となる
   卒業生数(本校)一、二四二名
     設楽 操 書 


商業科記念碑(昭和62年2月10日)


設置場所:校舎北西 万葉植物園前
商業科の閉科記念事業として建立されたものです。

【表面】
 商業科記念碑
 群馬県立館林高等学校商業科は地域社会の要望に応えて 昭和二十六年四月発足した 以来 三十六年 郷土の実業界に多くの人材を送って来た このたび群馬県立館林商工高等学校の設置に伴い 昭和六十二年三月をの歴史を閉じることになった
 ここに同窓各位の厚志を得て 記念事業を行い この記念碑を建立する
 郷土の産業を担おうとする青少年への励ましと支えとなることを願うものである
  昭和六十二年二月十日
   群馬県立館林高等学校
    商業科閉科記念事業実行委員会
     実行委員長 同窓会長 広沢純孝
     校長 奈良部豊雄

【裏面】
 館林高等学校商業科沿革
 昭和二十六年四月 商業科一学級開設
 昭和三十年四月 商業科第一学年二学級となる
 昭和三十一年三月 商業科教室新設
 昭和三十八年四月 商業科第一学年三学級となる
 昭和四十六年三月 北校舎三階商業科教室増設
 昭和四十六年四月 商業科第一学年二学級となる
 昭和五十六年二月 商業科特別教室新築
 昭和六十年三月 商業科募集停止
 昭和六十二年二月十日 商業科閉科記念式典挙行
 昭和六十二年三月 商業科閉科
    広沢純孝 謹書


碌碌会(昭和63年6月6日)


設置場所:校庭東通用門南側
第6回卒業生(昭和6年3月卒)により建立されたものです。

【表面】
   昭和六十三年一月植樹
 師恩限りなく
 友情盡きるなし
   昭和六年卒業碌碌会

【裏面】
 記載事項なし


館林市ふるさと自慢百選(平成3年)


設置場所:正門横東側
「館林かるた碑」が市内各所に建立された時に、あわせて建立されたようです。

【表面】
 館林市ふるさと自慢百選
 高野貞助

【左側面】
 平成三年
 館林市

銃器庫(大正13年度)


設置場所:校庭東通用門南側
建築年度:大正13年度(昭和44年度に一部が取り壊された)
構  造:木造平屋建トタン葺き
建物面積:33平方メートル
目  的:本校設立当時から実施されていた発火演習や大正14年度から太平洋戦争の終戦まで教育課程の正課であった学校教練(軍事教練)に使用された銃器が保管されていた。戦後、一時部室として使用されたが、現在は倉庫として使われている。
保管銃器:38式歩兵銃 105挺(昭和5年度教練実施報告書)
     銃    剣 105振(昭和5年度教練実施報告書)
     他に、指揮刀、木銃


東日本大震災 正門倒壊(平成23年3月11日)


 平成23年3月11日(金)14時46分18秒に、東日本大震災がおこりました。
 母校も激しい揺れにみまわれ、正門が倒壊しました。この悲惨な出来事をこれからの教訓にし、いつまでも忘れないために、ここにその画像を掲載させていただきます。